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ヨガと、私が考えてること。何年かに一度インドに行きたくなります。

違う観点

少し前に、初めて会う人に「このポーズを痛くなくやるにはどうすればいいですか?」と聞かれた。

 

私は、頭が真っ白になってうまく答えられなかった。

今は硬いから仕方ないんじゃないかな。痛いのがいやだったら痛くないところで止めながら続けていくうちに痛くなくなると思いますよ。みたいなことをとっさに言ったのだけど、そんな答えでよかったのかなぁ…とちょっと戸惑っていた。

 

後で何故だかわかったけど、

私はアーサナを「痛くなくやる」という観点でやったことがなかったからだ。

 

私は、アーサナは体の状態を確認するようにやっている。

左右差はこんな感じ…

ここまで踏み込むと後ろ足が浮く…

この状態でお尻を寄せとく…

みたいに

痛いこともつることも確認事項で、単なるサインだと思っていた。

 

でもその人にとってヨガのポーズは、その時に気持ちよくなるためのツールだったのかもしれない。

 

そこまで瞬時に汲み取れなかったなぁ…。

 

「危険を感じる痛みじゃないならそのまま続けても大丈夫だと思うけど」なんて言ったら不思議そうな顔をしてた。

 

きっとその人は痛いのがいやだったのかもしれない。

 

私も痛いのはいやだけど、

私はこれまで何年かヨガをしてきて、もう痛みはつきものだと当たり前のように思ってたところがある。

 

わざと痛くやるわけではないけれど、安定性やより大きな可動域を求めていたら、すでにできる以上のところへ踏み込んでいかなければなかなか上達もしないだろうと思う。

 

私はヨガをそんな風にやっているんだなぁ…と、改めて教えてもらった気がした。

 

痛みも、よく観察してるといろんな種類があるしな…。

 

こんなふうに、私たちは全く違う観点で同じものを見ているってことだよね。

 

違うってわかってたら理解できるし、

わからなければ批判したくなる。

 

それだけのことだなぁ…。と思った。