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ヨガと、私が考えてること。何年かに一度インドに行きたくなります。

お気に入りを集めない

自分の周りに好きなものだけを集めようとしている人をみて、

 

苦しいだろうな、と思う。

 

嫌いなものには近づいていかないのはみんな同じだけど、

近づかなくても向こうから来ることもある。

そんな時こそ絶好調に苦しくなるだろうな。

 

私は一年くらい前にものすごくイヤな人と過ごす時間が増えた時期があった。

 

それまでの私は「これはこうしたい」と、いつも自分の気持ちを優先させてきたので、もちろんものすごく苦しんで過ごした。

 

 

自分の気持ちを優先させてばかりいると、だんだん自分の好きな環境をつくりあげていくことになる。

 

そこには大きな落とし穴があって、

 

それは、環境づくりに成功すると「自分は特別で何でも自分の思い通りにできる」と、密かに思い込むようになることだ。

 

密かに。

 

世の中思い通りになることばかりじゃないのに、私の周りにはなぜか好きなものだらけ。…だとしたら、思っちゃうかもしれない。「私は特別で、ラッキー。」

 

 

そういうわけで、私は長年こっそり自分はラッキーだと思ってた。

 

出かけると予報が外れて天候に恵まれるとか、偶然入った店で欲しいと思ってたものが半額で売ってたりすることがよくあるとか、日常の細々としたことから、人生の大きな流れまで、一つ一つ取り出しては、「ラッキーな私」というラベルを一生懸命貼り続けていた。

 

でもヴェーダンタを学び始めて、そんなことはどっちでも良くなった。

 

それは、

本当のラッキーってどんなことなのかを教わったからだ。

 

それはたとえばヴェーダンタにアクセスできるチャンスを得ること。

 

 

そして、私たちが本当に欲しいものは、周りを自分の思い通りにすることではなく、どんな環境でもリラックスしていられる自分。

 

そう。

どんな環境でもリラックスしていられるなら、もうラッキーとかアンラッキーにはあまり価値を感じなくなる。

 

 

お気に入りを集める行為には、「嫌いなものはいらない」という前提がある。

 

お気に入りを集め続ける限り嫌いなものはなくならない、ということでもあるのだ。

 

同じ時期、イヤならイヤな気持ちのままそこにいなさいと、数秘からも教えてもらった。

 

イヤな気持ちの自分でもいいや、と思えたとき、私はとても気持ちが楽になった。

 

それは、私の人生にイヤな気持ちやがあってはいけない、という、それまでの思い込みから解放された瞬間だったのかもなぁ…。

 

それから私は、お気に入りを集めることをあまりしなくなった。