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ヨガと、私が考えてること。何年かに一度インドに行きたくなります。

与えるから与えられるとは

今までに、

「与えて欲しかったらまずは自分から与えなさい」

という言葉を聞いたこと、ある?

 

あ、聖書とかにもある?

与えよ、さらば与えられん、だっけ?

 

 

今まで、私はそれって、

「欲張ってばっかいないで、たまには自分から与えなさいよ」みたいな格言だと思ってたんだけど、

 

 

でも最近、それってちょっと違うかも、と思って。

 

 

それは、

「自分のやりたいことより、周りに求められることをするのがその人の使命だ」

と教わってから、

 

私に今求められていることってなんだろう、これとか、あれとか…って考えてやるようになったわけ。

 

 

そうしたら、役に立つもんだから、だんだん周りに必要とされるんだよね。

 

 

つまり「与えられる」っていうのは、自分の役割や居場所を与えられるようになる、ってことなんじゃないかと思うんだ。

 

引き換えにお金などをもらうのも便利だし、嬉しいけど、信頼から得る居場所や役割は、それを上回る喜びや安心感があるなあ…と私は感じてる。

 

 

それはほんの少しのこと。

 

黙って一緒にいてあげるとか、

ちょっと留守番してあげるとか、

一緒に行ってあげるとか、

寒いときに窓を閉めてあげるとか。

 

そんなささやかなこと。

 

「そう?あなたが必要だっていうならそうしてあげるか。」って感じでも全然いい。

 

全然大したことじゃないけど、周りが喜んでくれることって結構いっぱいあるんだよね。

 

そんな風にしてるうちに、周りが「いてほしい」と思うようになるのかもしれない。

本人は正直、「ちょっとめんどくさいな」とか思ってるかもしれないけど、そんなのもまずはそれでいい。

 

仕事してても、クビになっちゃったらどうしようとか、つぶれちゃったらどうしようとか、不安な人って、もしかするとその種の「貢献」をしてないのかもしれない。

 

その、「ちょっとした」貢献。

自分がしたいことではなく、周りに求められていること。

 

周りに必要とされてたら、クビになっても誰かに拾われるし、つぶれたりも滅多にしないはずなんだよね。

必要なときはそういうことも起きるだろうけど…。

 

そういう不安から、お金しか信用できなくて、万が一の時のためにお金をいっぱいためておかなきゃとか、早く大金を稼げるようにならなきゃとか、そっちの方向に進んでいく人も大勢いるみたいだけど、

 

本当にそうなのかなぁ…。

 

 

私はみちか先生から、

「ちょっと損したなと思っても、後悔しないのがダルマですよ」と教わった。

 

この世界にいる限り、

与え、与えられることを避けては通れない。

 

だから正しく理解して、素直に達成したいと私は思ってるんだよね。