su-haku

ヨガと、私が考えてること。何年かに一度インドに行きたくなります。

自分らしいの「自分」ってなに

人の役に立ちさえすれば、幸せになれる。

 

と思い込んで、日々をほったらかしにしたまま、一生懸命人の役に立つことを考えたり、したりしている人がいる。

 

 

自分らしく。

 

という言葉を大切にしても、

「自分」が一体何なのか分かってなかったら、自分らしくも何もない。

 

 

こんなシンプルな問題に気付かず、

みんな一生懸命生きている。

 

 

私たちは、

「じゃあどうすればいいの」とか、

「じゃあ何をしたらいいの」ってことに慣れすぎて、

 

何をするにも、いつもそこから始まっている。

 

表面的なところでばかり考えている。

 

 

でも、そういう過程の中で、一生懸命にもがきながら、それでも諦めずに「どうしたら?何をしたら?」と考え続けていたら、

 

ある時、

 

「ああ、もう限界だ」

 

と気付く人もいるはずだ。

 

 

何をどうしたって物事は起こり続けるし、

今の私では、起こり続ける問題に対応しきれない。

 

 

物事には限界がある。

 

 

そう気付いたときに、チャンスが来る。

 

 

その時、その人にヴェーダンタへのアクセスがありますように。

 

 

人の役に立つことが大事なのではなく、

自分らしくあることが大事なのでもなく、

 

根本的な問題が根本的に解決したら、

 

考え、話し、することが、

自然に人の役に立ち、自分らしくいることととなる。

 

根本的な問題とは、

「自分に対する理解が間違っている」

ということだから、

 

主題について混乱したまま延々と「自分らしく」なんて考えていても、ラチがあかないし、

 

今の自分が大好き!とか、大嫌い!とかの感情があれば、

そもそも考える気にもならないかもしれないけど。

 

私も昔、二十歳のころは、いつも

「自分らしく生きたい、自分らしいのがいい。」と思っていた。

 

でも、そういえば、

もうそんなこと思ってないな、

と気付いた。

 

私の場合は、

「私ってこんな人」

と自分で思うことをやめたからかもしれない。

 

ヴェーダンタのクラスで学んでいることがさらに追い風となって、今は、

 

私が自分をどう思っても、

人が自分をどう思っても、

 

もうあんまり関心がない。

 

でも、

根本的な問題がまだ完全に解決してなくても、

解決に向かっている段階ですでに、

 

役に立とうとしなくても、私に与えられたことと真剣に向き合って、丁寧に取り組めばそれが人の役に立つし、

 

私がこうかなと思ったことは人の目を気にすることなくできるから、自分らしくなっていく。

 

ステップだよね。

 

全部が。

 

人より先にゴールする必要もないから、

一個ずつやればいい。

 

みんなまだ途中。