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ヨガと、私が考えてること。何年かに一度インドに行きたくなります。

身を委ねる

安心して身を委ねられる「床」みたいのがあったら、

 

何が起こっても大丈夫、

と思えるかなって思う。

 

 

「床」は、実はみんなもってるけど、

だいたいの人は気付いてない。

だから安定や安心を求めて奔走するんだよね。

 

「床」さえあれば大丈夫、と思えたら、

不安を埋めるものをむやみに求めなくなるかもしれない。

 

私は、みちか先生の授業で教えてもらっていること、

たとえば、

「環境はその人が成長できるように完璧にカスタマイズされてる」ことや、

カルマの法則のお話などから、

 

ある程度ダルマに沿って生きている人の場合、

自ら状況を変えようとすることは、

ポジティブではなくむしろネガティブな行為ではないかと思う。

 

無理矢理状況を変えようとするのは、身の周りで起こることが信頼できない現れのように思えるのだ。

 

身を委ねる、というのは、

赤ちゃんがお母さんを疑わないように、

私たちの住処、"宇宙"という「床」を信頼することなのではないかと思う。

 

でもみんな「床」のこと知らないから、

自分しか信用しないと言ったり、自分が手に入れたものに依存して、そこに安心感を求めてるんだと思う。

 

私は最近、チャンスがあると身を委ねるようにしている。

 

そこで気付いたのは、

身を委ねるとは、とても気持ちがいいということだ。

 

冷静さ(私の中では焦らない、気にしなくていいことはすぐ忘れる)、

感謝(今日もここで穏やかに過ごせる喜び)、

謙虚さ(ダルマに沿って生きようという決意)が生まれる。

 

宇宙に守られているという実感が日に日に強くなってくる。

 

もう走り回らなくてもいいんじゃない?と思うようになってくる。

 

あるというのは、あってもいいから。

なくなるというのは、なくなってもいいから。

 

生きてるのは、生きてていいから。

 

持ってないのは、持ってなくてもいいから。

 

頑張ってみたんだけど、うまくいかなかった。ってことは、それは頑張らなくてもいいのかもしれない。

 

たとえばだけど、

私は、お金稼ぎを頑張ってみたけど、なんかうまくいかない。

お金を稼ぐことに情熱がないから、努力が続かない。

だから多分、周りの人からみたら「お金稼ぎ頑張ってたの?」って思われると思う。

自分ではやってるつもりだったんだけど…。

 

でも、やってみてわかったのは、

なんかそのためにエネルギー使うのはちょっと私は違うなぁ…とか、

ああ、私はそんなにたくさんお金がほしいと本当には願ってなかった、ということ。

 

もう少ししたら、また変わってくるかもしれないけど、

今は、無理にお金を増やすことにこだわらず、自分が持っているお金を大事に使いながら、ヨガを丁寧に練習したり、教えたり、ヴェーダンタを勉強したり、自分の人生について深く考えたりしてるのが楽しい。

 

時間に余裕を持って、一つづつ丁寧に取り組みたい。

 

「与えられたものの中でなんとかする」

というのも最近みちか先生がおっしゃっていた。

私の解釈が合っているかはわからないけど、

まずは、私にはいま何が与えられているのかをよく見ること、

そして、それらの助けを借りてどんなアクションをしたら、より成長につながるのかをよく考えること。

 

そういうことが大事で、身を委ねる、ということなんじゃないかと思う。

いまのところ。