su-haku

ヨガと、私が考えてること。何年かに一度インドに行きたくなります。

自分以外の価値観を受け入れるため

良くも悪くも、

「え、こんな人いるの!?」

と思うことがある。

 

好きだったら憧れたり、

嫌いだったら非難したり、

そういう人もいるんだー…で終わったり、

 

今までそんな風にして生きてきた。

 

「私とはちがうなー」と。

 

昨日、9歳のあまりに大人っぽい精神性に衝撃を受けてしまった。

 

私だったら無理だ、と思うようなことを、気にしてない。

人にどう見られるか、

私はこれじゃダメなんじゃないか、

と、

気にするようなことを、気にしてない。

 

気にしてないから、問題になってないのだ。ホントにすごいと思う。

 

で、しばらくショックを受けてたんだけど、ある人とそのことを話していたら、

「こんな人っているんだっていうのは、自分以外の価値観を学ぶためだと思うんですよね」という。

 

それで、今まで私は、

自分の見方からしか相手を見てなかったなぁ…と気づいた。

 

ちょっとややこしいかもしれないけど、

 

自分の見方から相手を理解しようとするのと、

相手の見方から相手を理解しようとするのは、全然違う。よね。

 

自分の見方から相手を理解するのって、

結局、私の理解できる範囲で理解しますよ、ってことで、言ってしまえば自己満足に近い。

 

でも後者は、

今の私にはとても難しいけど、

相手を相手として、尊重できる気がする。

 

嫌いな人だったら「ありえない!」と怒って、

どうでもいい人だったら「ふーん」とすぐ忘れてきたけど、

 

今回はすごく大事な人の価値観を目の当たりにして、

好きとか嫌いとか無関心とか関係なく、

これからは、

私の考えは一旦置いといて、

相手の背景を静かに見つめられるような、そんな理解の仕方ができるようになっていけたらいいな、と思う。