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ヨガと、私が考えてること。何年かに一度インドに行きたくなります。

不貪

ふとん、と読む。あ、しってた?

サンスクリットでは、アパリグラハという。

 

してはいけない5つのことの5番目だ。

 

欲張らない、っていうのは表面的にはみんな花マルをもらえるくらいよくできている。

でも、内面は?もっと、もっと、と競争ばかりしてたりして。ここには承認欲求なんかも含まれる。誰かに認めてもらいたいのは人間だったら当たり前だと思ってる人はとっても多いけど、ヨガは間逆だ。

 

ヨガは、他者からの承認を得ようとする必要はないという。

 

それは勉強を進めれば自然に理解できる教えだ。だからまだ勉強してない人に語る必要はないので、しない。

だってヨガの教えなんて、本当に生き方を変えたいとか、世の中に対する疑問が高まりきったときからじゃないと学べない。

一回学んでわかったつもりになっても、あとからになって全然理解できてなかったことに気付くことがよくある。しかもそれを何度も繰りかえすという、とても面倒な勉強だ。

だから、ヨガの教えをただ説明するだけなんて、本当に意味がないなぁ。と思う。

検定も試験もないから、自分の人生で実験するしか成果を確認する方法がない。

 

話がそれたけど、不貪。

 

私の話だけど、私はヨガのインストラクターに「運良く」なれた。

「運良く」というしかないくらい恵まれた環境を与えられた。

はじめからそこでは私だけが先生で、私専用のスタジオを与えられ、既にいる生徒さんを丸ごと任せてもらい、いきなり店長だった。

 

普通は、東京みたいな都会だったらオーディションとか受けたりするらしい。

生徒さんを集めたり、自分に注目させるために、SNSとか営業活動とか、いろいろやらないといけない。食事会とかもやるらしい。

 

そんな事情なんだから、私の場合はもう「運良く」というしかない。もちろん、紆余曲折は今も続いているけど、そんな環境で何年も過ごさせてもらえて、私は恵まれている。

 

それなのに、だ。

 

あぁ、欲張りだなぁ。と思う瞬間がなんと多いことか。とてもじゃないが、はずかしくていえない。

 

でも、少なくとも、他者の仕事やチャンスを奪ったりすることは間違ってもしないように気をつけよう。

 

この世は誰もがすべきことを持って生まれてきた。

だから、全員が自分の場所でのびのびと、やりたいことをできるようになっている。

 

だから欲張ったり、奪ったりする必要はないのだ。

 

ちゃんとピッタリにできてるから、自然にいきてれば、足りないことなんてホントはないんだ。

 

自戒を込めて。

欲張ってもいいことなんかひとつもない。

 

イソップ物語みたい。