su-haku

ヨガと、私が考えてること。何年かに一度インドに行きたくなります。

苦しい幸せ

私たちは幸せになりたいと願ってヨーガを始め、ヨーガを学ぶけれど、

 

学んでいるうちに、初めの頃到達したいと思っていた場所は、幸せがある場所ではないことに気づく。

 

ヨーガが教えてくれる幸せとは、今の私たちが「幸せってこんな感じ」って思っているようなものではない。

 

それに気付いたとき、

素直に受け入れてそのまま進むか、

自我の言いなりになり「これは私の求める幸せじゃない」と学びを中断するか、

という選択肢がある。

 

私は受け入れ派だけど、そうすると幸せって、今の私たちからしたらむしろ苦しみように思えてしまう。

こんなにも逆さまになっているなんて、物事を解釈するときの私たちのいい加減で曖昧な癖が、これだけ人生を歪めてしまうのかと圧倒される。

 

 

 でもふと、これもアーサナと同じだとまた気づく。

「こんな感じ」というイメージを捨てて、先生の言う通りにできた時、一瞬だけどアーサナは快適で心地良いなぁ、と感じることがある。体も今までとは違った感覚になる。いつも苦しくて違和感があるのに、力が抜けて(でも力強く)納まるところに納まった、という感じがする。

 

幸せも同じで、ヨーガの教え通りに実践したら、「思ってたのとは違うけど、これが幸せなんだな」って思うんじゃないだろうか。

私は到達はしてないけど、入口には立っていて、感情から距離を置くこと、ムダに食べ過ぎないこと、あまり考えないこと、好き嫌いで判断しないこと、規則正しい生活を送ること…

他にもいろいろやっていくうちに、感情的になったり、食べすぎたり、いろいろ考えたり、気分でやったりやらなかったり、夜ふかしや朝寝坊するよりも、それらを守っているほうがとても心地良く、心が穏やかで、感謝の心を持つことができることに気付いた。

 

普通は、守ることは苦しいでしょ?

堅苦しいし、面倒くさいし、そんなんじゃ人生謳歌できない、って思うよね。

 

ところが…なんだよね。

 

幸せは苦しいものにしか見えないし、

アーサナはキツくて疲れるものにしか見えない。

 

でも、実際やってる人たちは私たちが思ってるのとは全然違う感覚だったりするんじゃないの、って話でした。