shantiな日々

3年ぶりのインド旅行日記だよ。クアラルンプールにもちょっと行くよ。

人付き合いから見る思考の数

世俗的でない生き方になっていってるかもしれない私が日常的に会う人は、家族、ボスとその家族、生徒さん、ヨガの先生、太極拳の先生とその仲間、親戚。以上だ。

 

今まで付き合いのあった友人たちは、別に嫌いになったわけでもないし、できたらずっと仲良くしたいけど、みんなそれぞれ家族や仕事があるし、いくら独身だからといっても年代的に30〜40代は友人と学生時代のように遊んでるような時期ではない。

 

頻繁に友人と会ってる人もたくさんいるけど、それはその人は友人と会うことが必要だからだろう。

子供のためにママ友と繋がり続けたり、

悩みを聞いたり聞いてもらったりするためにマメに食事に出かけたり、

いろいろ理由はあるだろうけど、

私はそういうのがないから、さびしいからとか、繋がりが切れないようにとかの理由でむやみに「会おうよ」とかいって相手の時間を奪うのはやだな、と思う。

 

その人の時間を尊重したいと思う。

 

そうして2年も経つと、「友人等と会う」という計画にけっこう多くの労力を注いでいることに気づく。

会うことを理由に服や靴などを新調したり、手土産を買ったり、お金の問題だけでなく、それを選んだり買いに行ったりする時間がものすごく多い。

他にも、こんなことを話そう、とか、

前に話してたあれはその後どうなったかな、とか、

 

こんなにも、と思うほどに思考の数が増えてくる。認識している以上にとてもたくさん頭を使っている。

 

「思考を減らすには欲望を減らせばよい」

の意味はこういうことなのかな、と思う。

知りたい、〜したい、〜が欲しい、遠ざけたい、という欲望が、たくさんの思考を生んでいることを、最近実感している。

 

欲望が減れば、どの服がいいか、お天気はどうか、雨なら寒いかもしれない、ヘアスタイルはどうか、美容室に行くかどうか、行くならいつ予約するか、でも今週は残業だし、なにを食べに行くか、じゃあ服は白っぽいのはやめるか、何時にするか、ランチのあとお茶はするか、他にも誰か誘うか、予算はいくらくらいか、プレゼントはどうしようか、 家族のご飯は準備するかどうか、準備するなら何にするか…などの思考は自然と必要なくなる。

 

こういう生活を2年ほどしてみて、私は意外と退屈してない。

 

いろんなことを考えないので、頭が疲れないし、寝つきもいいし、心も穏やかだ。

 

イライラする原因も特定しやすい。私の場合、主に母の強情だ。

それも観察していると、最近は強情がヒートアップしてきてそろそろヤバいぞー、と思う頃に母は体調を崩し、勢いが衰える。体調が崩れるといっても、死ぬほどではないのでとりあえずしばらくそれで様子を見てみることにした。

 

いろんな実験をしているところ。

でも、ヨガの実験は、根本的に人の性格を変えてしまうのかもしれない。

実験が終わっても、継続していこうと思う程、日常が心地よくなっていくので。

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