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ヨガと、私が考えてること。何年かに一度インドに行きたくなります。

誰かにやってほしかった頃

まだ慣れてない生徒さんを見てると、

そういえば、私もヨガをはじめて半年くらいはいろんなことが全然憶えられなかったことを思い出した。

 

周りの人がさっさと動いるのを見ながら、

ああ、あれか。とか思ってマネしていた。

 

なんというか、単に憶えが悪いだけなのかもしれないけど、

私の印象としては、

あの頃は、憶えようともしていなかった。

ヨガの時間くらいは全て先生のリードに委ねて自分では何も考えたくない…。という感じだった。

 

他に仕事をしてたし、

ストレスも今と比べると、余計なものをいろいろ抱え込んでいた。

 

今はもうまるで違って、さっさと道具を運んだり、アーサナの名前が出たらすぐ横を向いたり、仰向けになったりして、時間を無駄遣いしたくないんだけど、

 

あの頃はよく、「誰かやってー…」って思ってた、ってことを思い出したの。

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チェックテスト

よく理解したつもりで、

人にも話して、

自分でも納得したと思う。

 

すると、

 

最後にチェックテストが行われる。

 

日常のとあるシーンで、

「じゃ、最後に確認してみようね」と言われているように、

 

ものすごい臨場感で、

そのチェックテストは、くる。

 

どこからくるのかはわからないけど、

とにかく、その状況は現れるのだ。

 

はじめは、チェックテストが行われていることに気がつかず、

「私って、わかったつもりで全然わかってなかったナ、反省」って感じでスルーしてたんだけど。

 

最近、

そういうチェックテストが、

あるタイミングで必ず現れるのに気付いたので、

 

あぁ、キタ。抜き打ち。

と受け止めるようにしている。

 

今の私のチェックテストは、

かわいいかわいい姪っ子が、

彼女の人生を歩き出したことを受け入れること。

 

誰もが、一人ひとり、

目的は同じでも、違うやり方で、

ちょっとずつ成長しようとしている。

 

ずっと小さな彼女を見てきた私は、

本人は何にも気にしてないというのに、

心配で心配で、夢にまで出てくる。

 

私じゃないものにくっついて、自分のことだと勘違いして苦しんでいる証拠だ。

 

でも、

私も一緒に成長したい。

彼女を信頼することや、

いつでも受け止めてあげられる器を持ちたい。

 

そんな風に思ったので、

心配が、いつのまにか「チャレンジ」って感じで、楽しくなってきた。

 

そういうのも、いいな、と思う。

 

季節が変わったんだ。

もう、抱っこしてあげる時期は、

完全に過ぎたんだなぁ。

 

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自分以外の価値観を受け入れるため

良くも悪くも、

「え、こんな人いるの!?」

と思うことがある。

 

好きだったら憧れたり、

嫌いだったら非難したり、

そういう人もいるんだー…で終わったり、

 

今までそんな風にして生きてきた。

 

「私とはちがうなー」と。

 

昨日、9歳のあまりに大人っぽい精神性に衝撃を受けてしまった。

 

私だったら無理だ、と思うようなことを、気にしてない。

人にどう見られるか、

私はこれじゃダメなんじゃないか、

と、

気にするようなことを、気にしてない。

 

気にしてないから、問題になってないのだ。ホントにすごいと思う。

 

で、しばらくショックを受けてたんだけど、ある人とそのことを話していたら、

「こんな人っているんだっていうのは、自分以外の価値観を学ぶためだと思うんですよね」という。

 

それで、今まで私は、

自分の見方からしか相手を見てなかったなぁ…と気づいた。

 

ちょっとややこしいかもしれないけど、

 

自分の見方から相手を理解しようとするのと、

相手の見方から相手を理解しようとするのは、全然違う。よね。

 

自分の見方から相手を理解するのって、

結局、私の理解できる範囲で理解しますよ、ってことで、言ってしまえば自己満足に近い。

 

でも後者は、

今の私にはとても難しいけど、

相手を相手として、尊重できる気がする。

 

嫌いな人だったら「ありえない!」と怒って、

どうでもいい人だったら「ふーん」とすぐ忘れてきたけど、

 

今回はすごく大事な人の価値観を目の当たりにして、

好きとか嫌いとか無関心とか関係なく、

これからは、

私の考えは一旦置いといて、

相手の背景を静かに見つめられるような、そんな理解の仕方ができるようになっていけたらいいな、と思う。

 

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何かの情報を頼りにした自分

最近、何かの情報を頼りにしないと自分というものがわからない人が多いと思う。

 

特に、健康状態はどうかと聞くと、

健康診断の結果に出た数値をもとに、

これくらいだから大丈夫だとか、

良くないだとか、

 

実際の今の自分の感じ、

体が軽いとか、気分がいいとか、やる気があるとか、

そういうのを完全にスルーして、

「健康診断では問題ありません」と、

堂々と言う人が結構いる。

 

そんな風に、ネットで探してきた情報なんかも同じで、

誰かが言った何かに自分を当てはめて、

 

もっというと、

自分が当てはまりたい情報を探し出してその情報になりきる、という人が結構いる。

 

私自身も、数秘で自分の性質を知ったとき、その情報になりきった。

まぁ、それを成長に役立てるという前提でだけど。

 

もし、変わらなくていい前提で、何かになりきるっていうんだったら、それはちょっとキケンだよね。

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運がいい人

私は運がいい。

 

そして、周りにも運がいい人がたくさんいる。

 

そして、その全員が、

勝手に「自分は運がいい」

と思っている。

 

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好きなことをして生きたい

進路を考えるようになってから私はずっと、(高校2年生くらいかな)

 

「好きなことをして生きていきたい」

 

と思っていた。

 

もちろん、理解のない人たちには、

ワガママだとか甘いとか言われたので、

あんまり人には言わないようになっていったけど、ずっとずっとそうしたいと思いながら生きていた。

 

私のライフスタイルは、

会社員の人には考えられないほど自由かもしれない。

仕事の拘束時間は朝と夜のレッスン時間の前後だけで、平日の午後はヨガに行ったり、太極拳を習ったり、カフェでずっと勉強したり、洗濯したり、昼寝したり、妹や姪たちと遊んだり、誰かから声をかけてもらったときは別な場所やプライベートでヨガを教えたりしている。

 

オンオフのメリハリはあまりなく、毎日が仕事で休み、って感じ。

 

お金の面でも、無駄づかいを減らしたら貯蓄もできるようになったし、最近とてもいい感じなので、こんな生き方広めたい。

 

けど私は、元はといえばこの生き方を選んだのは、人生のリスクを減らすためだった。

 

私みたいな人間は、会社のような組織に属したら、会社や常識に振り回されて、健康を損なうと思った。

 

性格的にも、何十年という期間、不自由な時間を過ごすのは、とてもじゃないけど考えられなかった。イヤイヤ働いて休日が待ち遠しい人生は送りたくなかった。

 

私たちの老後なんて、年金をもらえる世の中ではなくなっているだろうから、一生現役で健康に働ける心と体をキープしないと、大変なことになる。と思っていた。

 

お金よりも季節や時間の変化を感じながら、好きなことをして生きていきたい。と、それを実行する決め手になったのは、窓のない職場で働いたときだ。

デパート内の店舗だった。朝、建物に入ったら、帰りは真っ暗だった。

人間の生活って、こんなもんなの?と本気でガッカリした。

 

それから10年以上経って、いろいろあったけど、

 

昨日、ふと、

「あれ?私って、好きなことをしながらお金もらってる…〇〇万円も!すごい!」

と思ってしまった。

 

自画自賛ですいませんが、

これは、すごいよね。

 

だって、釣りが好きな人が釣りをしながら、山登りが好きな人が山登りをしながら、サーフィンが好きな人がサーフィンをしながら、他に仕事もしないで、毎月〇〇万円ももらえるのって、なかなか珍しくない?

 

ヨガが好きな人がヨガをしながら、ヨガを教えて、ヨガが好きな人に囲まれて、お金をもらってる。

 

なんか、「え、だから?」と思ってしまうかもしれないけど、

 

これは、私にとってはものすごく大きな発見で、

 

お金を得るために何かをするんじゃなく、

好きなことをしてお金をもらってる、

 

という、表裏一体なんだけど、どちらに目を向けるかで人生観が逆転する発想なの。

 

こういうの、わかってくれる人がいたら、うれしいけど。

 

だって、一気に人生が豊かになったという感じ。

 

私はちゃんと望みを叶えてたんだ、と自分のことながら、今頃気付いたわけだ。

 

こうやって考えると、あらゆることは気が付かないだけで既にそこにあるってことなのかもね。

 

追記:会社のような組織ではたらくのがダメってことじゃなくてね。私には向いてないってだけで。いろんな職場があるし、組織の中で伸び伸びやってる人たちもいるもんね。

 

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水を買い始めたけど。

きれいな水を飲もう、とミネラルウオーターを買い始めてひと月。

 

昨日、市の水道事情に詳しい人と話していたとき、

私の家はダムからの水が来ているとずっと思っていたんだけど、

実は近くの川から直接とって浄水したものだということがわかった。

 

「だから、塩素さえ飛ばせばおいしいでしょ?」と言われた。

 

確かに。

 

今買っているお水もとてもおいしいんだけど、40年近く、私はずっとうちの水道水はおいしいと思って飲んできた。

 

でもやっぱりダムにはセシウムがたまってる、っていうし、

肌がとてもきれいな人が「水道水は体に悪い」と言っていたのを信じて、

お水を買い始めたんだけど。

 

その前に、どこの水を飲んでるのかをきちんと知りもせず、勝手に「キケンだ」と判断した自分がちょっとはずかしい。

 

ミネラルウオーターはおいしいのでこれからも飲みたいけど、

 

水道水だけでなく、他の身近なこともちゃんと勉強するのって大事だなぁ、と思った。

 

 

 

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