shantiな日々

3年ぶりのインド旅行日記だよ。クアラルンプールにもちょっと行くよ。

インドにいきたいなぁ

なんだか、インドにいきたいなぁ。とここ数日思っている。

 

でも、今の私だけの経済状況としては行けない。車買ったばっかだし。

 

誰かお金出してくれないかなー。

なーんてことを思っている。

 

まあ、行けるときは行けるだろうし、その時が来るのを待っていよう。

インドはレジャーだからね。絶対に行かなきゃなんないってわけでもないし。

 

 

広告を非表示にする

新しい課題

ナヴァーサナという舟のポーズが、全くできないのだけれど、何回やっても、どうやるのかわからない。

なんで脚があんなに伸びるのかイメージできない。

どうしても骨盤が寝てしまうし、ストラップを使うとこれでもかというほど引っ張ってしまう。

 

というのが、何年も続いていたのだけれど、いい加減、もうそろそろチャレンジできるようになりたいなー。と思っていたら、その練習が始まった。

 

私は相当コアが弱い。今思えば、あれもこれもコアがないからできなかったんだ、ということがわかる。

高校生のとき私って自転車をこぐ姿勢がなんか変だなぁってずっと思ってた。とか、

小学生のときイスに座ったまま膝を真っ直ぐに伸ばせなかったなぁ。とか、

写真を見ると肋骨が出てるなぁ。とかね。

別に運動のシーンでなくても、コアがないサインはあちこちに出ていた。

 

脚も弱かったしなぁ。

私は多分昔から筋肉がなくて、トレーニングしてもなかなかつかないタイプ。

そんなんだし、あと2.3年のうちに先生のようにできるようになったらすごいステキ。でも、50歳くらいまでにはできるようになりたい。あと13年か。

 

脚、肩甲骨、コア、

焦らずじっくり過程を楽しむ。 

広告を非表示にする

健康診断の結果

先月の健康診断の結果がきた。

 

数年来気になっていたヘモグロビンA1cは下がっていた。

やはり、ダラダラ食べたり、毎日間食していたのが良くなかったみたい。

私のここ一年の食事は、朝しっかり、昼しっかり、夕方軽め。間食は午前中は滅多にしない。仕事だし。午後もなるべく、おやつが食べたくなる4時過ぎくらいに夕ご飯を食べてしまうことにしてる。これで数値は下がった。

 

問題は、中性脂肪だ。

なんと、おととしの2倍になっている。

いったいなぜ?バターのとりすぎだろうか…とか、いろいろ考えたが、もしかしたら、カレーを食べた後に採血しているので、そのせいかもしれない。

なので、脂質の量には一応気をつけながら、来年はカレーなんて食べずに朝イチで採血してみることにした。

 

でも、ヘモグロビンA1cは下がっててホントヨカッタ。

防げる病気は防いでおきたい。

広告を非表示にする

秋は注意

今ぐらいの時期は、自分でもびっくりするくらい「スカッと気分がいい〜♪」ってときもあれば、「ダメな私」なんてブログに書いてしまうくらいどんよりすることもある。

 

んー、でもどちらかというと秋は落ち込みやすい。昔からだ。

 

最近漢方の本もちょいちょい読むんだけど、秋は憂鬱になりやすいと書いてあった。

ああ、私だけじゃなかった。と思って、安心した。

 

ちなみに、そんなときは脇腹を伸ばしたり揉んだりすると、気分が晴れる。

広告を非表示にする

ダメな私。

自分で設定した目標が達成できなくて不満な私。

心のどこかで「まだ満足してはいけない」といつも言っている。

もっと欲張らなきゃ、もっと頑張らなきゃ、まだまだまだまだ…って、追いかけてくる数字にいつまでも縛られている。

 

いくら売り上げた、いくら貯まった、いくら節約した、何個捨てた、何人いる、何分速くなった、何時間眠った、何回できた…

いろんな種類の数字がしつこくいつまでも追いかけてくる。

 

数字が私の価値を決めてるって、認めたくないけど実はものすごく強〜く思ってるんだなー…。って、気付いてしまってなんか悲しい。

 

最近、目を逸らしていたかったことにどんどん気付いてしまう。

 

初めはどうにもそれが嫌で理由をつけながらごまかしていたけど、

なんかもう逃げらんないし、いつかは受け入れなきゃなんないし、ってことでこの頃はモヤ〜ッとした気分をそのまま味わってる。きったない私を。

 

でも不思議なことに、

「だめだなー、私」ってホントのホントに思えた瞬間だけ、

ちょっとスッとするんだよね。

 

たよりないけど、それでも前には進めるかな。って思ってる。

 

 

 

 

広告を非表示にする

ポジティブとネガティヴ

ネガティヴ思考をしがちな人が、

ある人のことをポジティブ思考だと言っていた。

 

私はその人のことを詳しく知らないけど、もし話に聞く通りの人だとしたら、それはポジティブ思考ではなく、不道徳にマヒしている超ネガティヴ思考だと思う。

 

不道徳で図太いのとポジティブは全くの別物だから、あまり真似しないほうがいいと思う。

 

私たちはいつだって言葉の意味を勘違いしている。

広告を非表示にする

もっと一部でいい

土曜日、ACO先生のテンセグリティーヨガWSに参加した。

初めてのテンセグリティーヨガ。

 

第1部は、クイズの答えが「金魚」しかわからなかった。他の人はみんな物知りで、ちゃんと答えてた。

ちなみに、答えが金魚の問題は「おたまじゃくし、金魚、ヒヨコ、大人はどれ?」。誰でもわかる。

 

第2部では、先生のテンセグリティーに対する思いを聞いて、なんか、とっても力が抜ける感じがした。

 

「もっと一部でいいかな」と思えた。

私たちの日常の場面ごと、そこにいる人はいつも違う。いつも違う組み合わせ。

昨日スーパーで居合わせた人たち、今スタジオにいる私と生徒さんたち、夕方寄ったコンビニにいる私と店員さん、信号待ちをしている私とおじさんと向こう側にいるおばあさんと学生たち…

 

いつもいつもそれは変化している。

昨日と同じメンツでも、昨日の私と今日の私は違うし、昨日のあなたと今日のあなたも違う。

 

その時々の組み合わせの中で、私はどういたらバランスが取れるかな、周りの景色も含めて調和できるかな、ってその都度考えてみる。

そうすると、「私はこうしたい」とか、「こうあるべき」みたいな主張が自然と消えていくような気がする。

だって瞬間ごとに、主張を繰り返していたら、いくらなんでも疲れすぎてもたないし。だったら、スッと馴染んで流れて行くほうが気持ちいいんじゃないかな、って思う。

 

マットをイカダに見立て、その上に立ってACO先生が「沈まないようにね」って、マットの端っこや真ん中に立ってアーサナをとっていった。

そこでは「私」という主張は全然重要ではないのだけれど、私もいるから私も含めて全体のバランスを取ろうとする。そんな感じだった。難しかった。意外と私って想像力ないなーって思った。

 

執着を手放そうとか、よく言うけど、じゃあどうやって?ってわからなくて悶々としてる人も多い。

日常に没入すると、あの人さえ言うことを聞いてくれたら、このやり方さえできれば、と自己主張を通したくて我慢できず、怒りが生まれる。

 

そんなときに、テンセグリティーの考え方を取り入れたら、なんかとってもラクになりそうだな、って思った。

「私」は強すぎても弱すぎてもダメってことが感覚的にわかるようになるんじゃないかな。 

そしたら「私はこうしたい」なんて主張は、あまり意味がなくなっちゃうんだろうな。

 

第3部は、先生の静かで優しい、とても聞き取りやすい声のリードが心地よいヴィンヤサだった。 

 

私もあんな気持ちよさを、生徒さんに感じさせられるようになりたいなー。

広告を非表示にする